バイオ研究の『困難』と『克服するための行動』

バイオ・生命科学への価値観

こんにちは。

バイオ研究に日々たずさわっているさんごろうです。

・初心の頃に感じていた研究・学術の楽しさを継続して抱きたい

・思うようにデータをとりたい

・どのようなデータを今後とっていくべきか明確にしたい

・自分の研究を他人から評価されるものへと推敲していきたい

当記事では、上記に書かれている内容で思い悩んでいる

学生さん・院生さん・はたまた研究室にまだ所属していない学生さんに

役立つ内容となっています。

是非、ご参照ください。

バイオ研究における難しいポイント

バイオ研究を進めていると、様々な障壁が立ちはだかります。

そもそも、理系の研究は分野によって特色が異なります。

例えば、理論系物理学の研究では実際に実験を行うことは少なく、

頭の中で論理を構築し、数式に向き合って解を探す学問です。

また、有機化学系の研究では化合物同士の反応を引き起こし、

その成果物の収率や化合物の分析に従事することになります。

そして、バイオ研究では外部環境に適応するために培ってきた生命システムを、

実際に手を動かして解き明かすお仕事です。

バイオ研究は、複雑な生態構造を持つ生き物を扱うがゆえに、

幾つもの難しいポイントがあると考えています。

バイオ研究における難しいポイント

・明確に結論を白黒付けられる機会が少ない

・解析すべき領域が多く、浅く広い実験に陥る可能性がある

・作用する因子や考慮する背景知識が多く、研究領域の理解に苦しむ

これらのリスクを『犬の道』とでもいいましょうか。

順に説明していきますね。

明確に結論を白黒つけられる機会が少ない

バイオ研究は、明確な結論を出すことが難しい領域です。

なぜなら、以下の3点が主な理由となっているからです。

バイオ研究が明確に白黒つけられない要因

・結果の解釈が難しい

・再現性が取りづらい

・技術的なハードルが高い

結果の解釈が難しい

生物は、外部環境の微妙な変化にも対応して生体内の応答が進んでいくため、

とても繊細な応答を示します。

そのため、実験から生じる結果にも微妙な変化が生じてきて、

この部分が研究者を常に悩ませています。

その一例として、ショウジョウバエ(Drosophila melanogaster

組織再生の研究をあげます。

ショウジョウバエは小さな個体ではありますが、

長年モデル生物として使用されてきた積み重ねにより、

他の生物種以上に洗練された実験主義が確立されています。

そのため、個体全体の複雑な生命現象を解明するために、研究で広く使用されています。

個体全体の恒常性維持の研究の一例として再生現象の研究が存在します。

ショウジョウバエには翅が存在していて、なんと、その翅は再生します。

その再生過程では、Wg(Wingless)と呼ばれる因子が

再生度合いを示す指標として使用されています。(Smith-Bolton et., al., dev. Cell., 2009)

Wgは傷害によって分布が乱れ、最終的に図のような綺麗な分布を示していると、

再生が進行している可能性が高いです。(Kashio et., al., PNAS, 2016)

しかし、実際には再生が進行していてもWgが綺麗な分布を示さなくなったり、

逆に傷害の方法によってはWgの異常な分布が見られないことも多々見受けられます。

そのため、再生がうまくいかない個体と、

再生がうまくいく個体との境目が曖昧になり、 結果の解釈が変動してしまいます。

こうして、詳細を考えようとすると明確な結果を提示しづらくなってしまうのです。

このような状況を改善する手法の1つに、

『すでにその分野の知識がある方に結果の解釈の仕方を仰いでもらう』

ことが挙げられると思います。

結果の解釈が難しい場合、自分にとって都合のいいように物事を解釈したい

というバイアスがかかってしまう可能性が高くなります。

そのため、熟練した知識や経験、指導者によるサポートの不足により、

データの恣意的な解釈などの誤った方向性につながってしまう危険性があります。

そのような過ちに行き着かないためにも、

日頃から自分の考えを客観視する意識を持ち、

情報収集や事実を把握する努力が必要になってくるのではないでしょうか?

再現性が取りづらい

第2に難しい点は、再現性の確保が難しいことです。

バイオ研究をしていると、

ちょっとした環境や個体の変化でシグナルの大きさが変動したり、

解析手法が適切ではなく安定した結果を得られないことが日常茶飯事です。

例えば、再生能力を持つ生体内のタンパク質の組成を解析したいとします。

そのためには、生体からサンプルを取得し、

質量分析器と呼ばれる機械を用いて、タンパク質を解析することが必要です。

その機器は、25 mプール中に存在する塩の結晶1粒ほどの試料を

測定できるほど繊細な機械です。

それゆえ、サンプリングのほんのわずかなタイミングのズレや、

個体差などが反映されやすくなります。

同じ操作を行っても、同じ結果になりづらいというのが現状です。

この再現性の取りづらさを解消するために、

数を稼いで可能なかぎり安定したサンプルを準備することがよく行われます。

sangorou
sangorou

力技ですがこうした方法がよく採用されています。

バイオ系の研究が運ゲーだと言われる所以には

この再現性の難しさも大きく関与するのかもしれませんね。

技術的なハードルが高い

バイオ研究では世の中に存在する技法を使用しても解決できない事柄が沢山あります。

例えば日常の問題としては、

組織の複雑性や免疫染色の条件などによってデータ自体を得られないことがあります。

私が使用しているショウジョウバエには『fat body』と呼ばれる

肝臓や脂肪組織に相当する部位が存在します。

この『fat body』は特殊な組織で、細胞内に脂肪滴が多く含まれています。

通常のハエの組織は、遺伝子を導入するとすべての細胞でその遺伝子が発現されますが、

『fat body』に遺伝子を導入すると、モザイク状・まばらに導入されてしまいます。

そしてこの『fat body』は、ショウジョウバエが変態するに従い、

バラバラに分解されてリモデリングされます。

こうした意味合いで、通常とは異なる挙動を示す特殊な組織なのです。


この特殊な挙動を示す『fat body』にTurboIDの導入を試みました。

TurboIDとは、近接タンパク質を標識する近年注目の技術のことです。

この技術は通常の組織では手法が確立されていますが、

『fat body』においては幾つかの異なるアプローチを試しても

うまく機能しないことが判明しました。

このように組織によっては通常の手法が使えない事態が生じます。

また、免疫染色の条件によってもデータが変動することがあります。

例えば、細胞の外側にlamininという骨格が存在します。

このlamininを観察したいときに、考えられる手法は幾つかあります。

例えば、lamininにGFPと呼ばれる蛍光を発するレポーターで標識する手法や、

laminin抗体などの免疫染色を利用する方法です。

後者の免疫染色などを利用しようとした際、

使用する抗体の種類によって大きく結果が変動します。

ショウジョウバエ(Drosophila melaogaster)で使用される

lamininの抗体は主に3種類です。

lamininA抗体と、lamininB1抗体とlamininγ抗体です。

この3種類の抗体それぞれで組織染色の染まり方が異なります。

lamininA抗体はほとんど染まらず、lamininB1抗体はまばらに染まります。

そして、lamininγ抗体が一番よく染まる抗体です。

そのため、lamininγ抗体の存在を認識せずに、

lamininA抗体やlamininB1抗体を使用していると、

「本来は見えるはずのシグナルが見られない、どうしよう・・・」

といったことが散見されます。

このように、免疫染色のちょっとした条件の差なども重要な要素になります。

この事実に気付かずに、時間と労力、想いをかけてノーデータになってしまったら残念ですね。

あらかじめ対応できるものは周りの人に聞いて対策しておくのが吉です。

それでも解決しない時は、考えものです笑。

解析すべき領域が多く、広く浅い研究に陥る可能性がある

複雑な制御機構を持つ生物では、様々な現象を考慮する必要があります。

なぜなら、1つの現象を引き起こす際にも、無数のシグナル伝達や因子、

組織間の相互作用ががんじがらめに絡まっているからです。

例えば、組織サイズを制御する候補因子が研究の初期の段階で取れてきたとしましょう。

そして、その因子を仮にfactor A とします。

この段階では、factor Aは本当に組織サイズを制御するのかどうかは検証が済んでいません。

そのため、factor Aを破壊したり、逆に破壊されたfactor Aを元に戻したりすることによって

組織サイズへの寄与を測る詳細な検証が求められます。

この作業は簡単なように聞こえますが、かなり難易度が高い操作です。

組織サイズの制御過程では、限られた数の因子が作用するよりも、

むしろ数多くの因子が互いに相互作用することによって制御されます。

そのため、factor Aのみを操作しても、

組織サイズに与える影響は見えてこない可能性が高いです。

そして、その他の因子に関しても同様で、

個々の因子がどう相互作用するのかの検証は複雑なため困難を極めます。

これらの要因から、個々の因子が組織サイズに影響を及ぼしているかもしれない

という薄いデータは得られるものの、

各因子がどう機能しているのかと言う肝心なデータを得ることは難しいです。

そのため、丁寧な検証を行っても、最終的にはfactorAは組織サイズの制御に関与している

『かもしれない』という、あいまいで薄い結論になるのです。

この問題の解決はとても難しいと思います。

すでに研究が進んでいる場合には、

何がどこまで知られているのかをとことん調べていくのがいいのではないでしょうか?

作用する因子や背景知識が多く、研究領域の理解に苦しむ

生物が利用するメカニズムは、重複する経路だけでなく、

お互いを抑制する経路や、ベクトルが真逆の経路に枝分かれするシグナル伝達などがあります。

その1例がショウジョウバエにおけるJNKシグナルです。

このJNKシグナルはMAPカスケードと呼ばれる、

細胞増殖などに必要となるシグナルカスケードの1種で、

ありとあらゆる場面で活躍する万能プレーヤーです。

ショウジョウバエの翅の再生でもJNKシグナルという経路が必要なことがわかっています。

このJNKシグナルは、傷害に応じた細胞死のシグナルによって活性化しますが、

細胞死以外にも、活性酸素種(ROS)という酸化ストレスによって誘導されたり、

Wg(wingless)と呼ばれるシグナル伝達の下流でも活性化します。

さらに、JNKシグナルが活性化したのちには、

その下流でJNKシグナルを抑制するフィードバックシグナルが走っています。

そして、逆にJNKシグナルを促進するような正のフィードバックシグナルも走っています。

このように、たった1つのJNKシグナルの活性化を観察できても、

その誘導因子が何なのかを解析するには、考慮するべき要素が多く解釈も多く存在します。

また、活性化されながらも、同時に抑制もされているという複雑性や、

JNKの下流では細胞増殖と細胞死のどちらも引き起こされるという

相違点も考慮する必要があります。

こうした意味で、考慮すべき背景が多く、解釈が難しくなってしまいます。

また、この例は組織再生におけるJNKシグナルのお話ですが、

腫瘍形成におけるJNKシグナルの活性化メカニズムなどもまた異なる作用機序を用いています。

例えば、腫瘍形成では細胞競合が生じますが、

細胞競合におけるJNKシグナルの活性化メカニズムは細胞極性の異常など、

再生の文脈とは異なった様式で活性化されます。

同じJNK経路ではありますが、

別の文脈での働きなども考慮しておくと新たな発見につながる可能性が高まるのかもしれません。

バイオ研究を克服するための行動

試行しても解決が難しい『犬の道』から脱出するには、2つの手法があると思います。

1つ目は、周りとコミュニーケーションを図り、適切なアドバイスをもらうことです。

例えば、近い研究を行っている人にアドバイスを求めることや、

学会に参加してアドバイスをもらうことが有用だと感じています。

実際に、sangorouは学会における口頭発表の質疑応答によって、

自分では思いつかなかったようなアイデアをいただくことができました。

このような施行を繰り返しおこなっていくうちに、

解決の糸口が見えてくる可能性が生じてくるケースがあると思います。

2つ目は、文献をサーチして、有用な情報を吸収することです。

先行研究を探す方法としては、

pubmedと呼ばれるサイトを通じてキーワードを検索する方法や、

google scholarで調べる方法、有名誌の検索欄でキーワードを入力する方法、

twitterなどの情報発信ツールを使用するなどの方法があります。

これらの方法を駆使して、アンテナを張っておく必要があります。

例えば、TurboIDという近傍のタンパク質を検出する手法がうまく機能しなかった場合には、

TurboIDに関する文献を調べ、使用している条件の詳細を比較する

といったことが最初に考えられることではないのかと感じます。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

今回の記事では、バイオ研究での困難なポイントと、その解決のための行動を書きました。

バイオ研究には、

・明確に白黒つけられる機会が少ない。

・解析すべき領域が多く、浅く広い実験につながる可能性がある。

・作用する因子や背景知識が多く、研究領域の理解が難しい。

と言った障壁が立ちはだかっています。

そして、そられの問題を解決する糸口として、

・周りとのコミュニケーションを活発に取る。

・文献などの資料探索を積極的に行う。

などの行動をとることがいいのではないかと感じます。

バイオ研究に触れていない方にとっては未知の世界かもしれませんが、

本記事がほんの少しでもバイオ研究の困難さに対する理解と、

その解決のための行動に関する簡単な記述が参考になれば幸いです。

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